長谷川健一・原発事故から7年 飯舘村はいま 2018.3.9

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原発事故から7年 飯舘村はいま
長谷川健一さん(酪農家)
2018年3月9日(金)文京区民センター
国際シンポジウム 3・11を忘れない〜核なき未来へ向けて

福島原発事故から7年を前に開かれた国際シンポジウムより、飯舘村の実情を報告した長谷川健一(酪農家)さんの話。「飯舘村がどうなっていくのか、先が見えない。真っ暗なトンネルに向かっているようだ」と長谷川さん。

2011年3月11日の原発事故で、周辺町村はすぐに避難したが、飯舘村は汚染がひどかったにもかかわらず避難指示が出されず(出たのは1か月後)、実際に避難が完了したのは7月に入ってからだった。このため飯舘村民は福島県の住民のなかで最大の被曝を受けてしまった(各村民の初期外部被曝線量は平均で7ミリSv、最高が23.5ミリSv、長谷川健一さん自身は13.6ミリSv)。

原子力損害賠償紛争解決センター(ADR)に申し立てているが、この初期被曝に関し東京電力は自分の責任ではないかのように和解案を拒否している。

2017年4月より避難指示は解除されたが、放射能汚染はつづいていることを測定データをもとに語った。
(あらかわ)

内容
1.原発事故〜遅れた全村避難
2.除染の実際
3.福島県内で最大の被曝
4.原子力損害賠償紛争解決センター(ADR)に申し立て
5.避難指示は解除されたが
6.つづく放射能汚染
質問に答えて

主催:国際環境NGO FoE Japan http://www.foejapan.org/

映像ドキュメント.com http://www.eizoudocument.com/
説明ページ http://www.eizoudocument.com/0663hasegawa.html